幼児の手話教育について

妻の目指す幼児の手話教育について聞いてみたので少しまとめてみました。
(脳内メモなので多少抜けてるところもあるかもしれませんが・・・)

今まで幾度か卒園児を持ったことがある。
(妻のことだが、確か5歳児が5回 4、3、2,1,0歳児も担任の経験はあるのだけど
私が把握してない^^;3歳は知ってるだけでも3回以上あるはず・・・なんせ、20年も経験があると・・・)

妻の受け持つクラスはもれなく手話がついてくる。これは3歳でも関係なく・・・といった感じで。

・・・最終目標は?・・・
日常的な手話ならお互いが意思の疎通をとれるレベルまで・・・だ、そうだ。
たとえば、先生が歯を磨いているとき、子供が何か言ってきた。聞き取れなかった場合、
手話で・・・「何?」とやれば、子供は手話を読み取りもう一度説明ができる。と、言った風に。
これは、3歳児での話で、もちろん5歳になればもっと会話は進むらしい。

しかし、一度教えたからといってここまでの手話が身につくわけがない。1年をかけてじっくりと
手話を伝える。そうすれば、1年が過ぎるころには、手話を言語として認識できるレベルになると。

・・・手話を教える目的・・・
ただ、手話が流行ってるから・・・楽しいから・・というわかではない。もちろん手話は覚えだすと
楽しいところもある。手話で話すと双眼鏡さえあれば数キロ先の人とも話をすることができる^^;
実際に昔住んでいたマンションは、妻の実家から200mほど離れた場所にあったのだけど
目の良い妻は家の前にたつ母の手話を読み取っていたみたいだ^^;
話はそれたが・・・手話を教える目的には、ろう者との共存にある。共存なんて書くと、なんかあれだが、正直、ろう者のことは理解してもらえてはいない。コーダである妻はろう者のことを伝え
共に生きていこうよ(もう少し色々いってたけど)というメッセージを伝えるのが私の役目だといっていた。実際、障害者のことを受け入れているように見える世の中だが実際にはそうではない。
街中で手話を使っていると異形の目で見られているのがよくわかる。手話に興味があってみてる人と
さげすむ目で見る人の目の違いはよくわかる。残念ながら未だに後者のほうが多い。
買い物や、公共施設を利用するにしても、聞こえないと思ってなのか、口調がきついことも多い。
障害者=弱い と、いうイメージが強いのか・・・
妻はそうじゃないと、いうことを子供たちに伝えている。皆、同じだと。

談:妻・・・文:夫

2011年10月・・・書いてる途中・・

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